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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)1012号 判決 1965年10月25日

原告 神前ヨリヱ

被告 国 外一名

代理人 後岡弘 外二名

主文

一、被告らは原告に対し、それぞれ金一、五八三、六五五円、被告小林はさらに金三九、四八〇円、及びそれぞれ右金員に対する昭和三八年一一月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事  実<省略>

理由

一、原告所有の本件二棟の建物等につき、被告小林より、通行地役権を被保全権利として大阪簡易裁判所に対し、右建物等撤去の仮処分が申請され、同裁判所において、原告主張の請求の原因記載の通りの仮処分が決定され、昭和三五年七月二五日大阪地方裁判所執行吏吉本忠男により、右決定が執行されて、原告所有の右建物等が撤去された事実、これに対して、原告より異議が申請され、昭和三七年一月二九日、大阪簡易裁判所において、右決定が取消され、仮処分申請が却下された事実は、当事者間に争がなく、本件仮処分が原告主張の日に送達されたことは成立に争のない甲第四号証により明かである(但し被告国との関係を除く)。

又、原告が右二棟の建物を所有して居り、かつ、右の中、平家建店舗において、原告が家族と共に居住して雑貨商を営んでいた事実は、証人田中勇、同近内三次郎の各証言原告本人尋問結果、弁論の全趣旨よりこれを認めることが出来る。

よつて、争点は被告小林が本件仮処分を得て執行した事実が違法かつ有責か否か、又吉本執行吏が違法かつ過失ありや否やにある。

二、被告小林の責任原因について

(一)  被告小林が前記建物等の敷地部分につき、通行地役権を取得した事実を認めることは出来ない。

いずれも被告小林においてその成立を認める甲第一号証及び甲第七号証によれば、被告小林は、本件仮処分申請の理由として、前記建物等の敷地部分は、巾約三メートル南北両端において夫々、公道に接する長さ三百メートルの道路の道路敷の一部となつていたものであり、右道路は多数の私有地を貫いており、原告及び被告小林の所有地の各一部も共に右道路の道路敷となつて居たのであるが、道路敷各所有者が、自己の所有部分につき、他の所有者の利用を認容しなければ道路に接する他の所有者の所有地は、通行困難もしくは完全な袋地となるので各道路敷所有者は、夫々自己の独占的用益を自制して、附近居住者のために暗黙の合意により、相互的かつ交錯的な通行地役権を設定していたものである。又、原告、被告小林間においては、両者はいずれも桝朝一から土地を譲り受けたものであるが、右桝朝一は、まず被告小林に、土地を譲り渡すに際し、右道路西側に、公道が新設されるまで、各自の土地を通行する事を相互に認め合う様申し入れて来たのであり、其の後、右桝所有地の残存部分(大阪市西区花園町一七番の土地)を、原告が譲り受けたのであるから、原告は、被告小林と右桝朝一の間に相互的通行地役権の負担のついた土地を譲り受けたものである。従つて、被告小林は、前記建物等の敷地部分につき、右の如く、黙示の合意又は明示の合意により通行地役権を取得していた」、と主張している。しかし、いずれも成立に争いのない甲第八号証、同第八号証、同第九号証の七、八、九、一〇、一四、一五、一七、一八、二〇、及び弁論の全趣旨によれば、前記建物等の敷地部分は従前より被告小林ら附近住民が通行する道路の道路敷として利用されていたことは明らかであるが、それは右土地の所有者である原告(前記花園町一七番の土地を所有)や訴外藤井親政(同町一六番の土地を所有)が近隣のよしみもあり事実上黙認していたにすぎないものと認むべきことは本件仮処分に対する異議事件判決(大阪簡易裁判所昭和三五年(サ)第一一〇九号事件)の判示するとおりと認められ、被告小林はその主張するが如き通行地役権を有しなかつたと言うほかない。

してみれば、被告小林は、通行地役権がないのに、あると主張して、本件仮処分の執行をしたのであるから、被告小林の本件仮処分の執行は違法である。

(二)  右の違法な仮処分の執行につき、被告小林の過失の推定をくつかえすに足る特別の事情は認められない。

一般に仮処分は、申請人の一方的主張や疎明によつて被申請人の意見・弁解を聞かずに発令されるのであるから、仮処分の前提要件たる被保全権利を欠き、当該仮処分の執行が違法となつた場合において、その執行により被申請人に損害を与えた場合、申請人に対し、損害賠償責任を認めることが、損失分担の公平の原則上妥当であり、他方、保全処分の制度目的が、簡易、迅速を趣旨とするものである点を併せて考慮して、申請人に対し、立証責任を転換し、申請人に反証のない限り、申請人の過失を推定するのが相当である。

本件において、被告小林は暗黙の合意により通行地役権を取得したと信じて本件仮処分を申請したと主張するのであるから、被告小林が通行地役権を暗黙の合意により取得したと信じるのが相当であると認め得るか否かにつき判断するに、被告小林は、前記道路が附近住民にとり、本件仮処分申請当時公道に至る唯一の道路であり、右道路敷の各所有者は、その完全な独占的利用を自制していた事実(両事実は前掲各証拠により認め得る)から右道路敷所有者間と通行地役権が暗黙に合意されたものと信じたと主張するが、通行地役権設定の黙示の合意の成否については道路設定の事情、道路利用状況、附近の事情等諸般の事情を考慮して判断されるべきところ、前掲各証拠及び成立に争いのない甲九号証の一九によれば、前記道路は、もと公道であつたが、大阪市はその西側に公道を新設する計画で右道路を廃道となし、その道路敷を新設道路の予定地に対する換地として処分したのであるが、右新設工事が遅れたため、右廃道の南端にある共同水道の利用者など附近住民はやむなく従前どおり右廃道を通行していたことが認められる。しかし、甲第二号証(被告小林は成立を認め、被告国との間では真正の成立を認める)や成立について争いのない甲第九号証の一六によると附近住民は原告の建築により全く袋地の住民となつた訳でなく、原告の設置した前記板塀には幅約三尺のくぐり戸が設けられており附近住民の通行には差支えなく、右廃道を通行しないときは往復二〇〇メートル位迂回しなければならなかつたにすぎないことが明らかである。

被告小林の主張する東京高等裁判所の判例は、土地分譲地において、同一所有者がその私有地に私道を開設し、後、右私道敷を含めて、これを数人に分譲した場合において、各譲受人間に右私道敷に対する相互交錯的な通行地役権の黙示的承認を認めたものであつて、右事案と異り、本件にあつては、すでに認定の如く、本件道路は廃道となりそれに隣接して新公道が開設される予定である場合とは、その状況が著しく異り、右高等裁判例にのつとり本件場合に於いて直ちに、通行地役権の取得を信ずるごときは相当とは認め難く、結局被告小林は本件仮処分の執行につき、それが、被保全権利たる通行地役権を欠くが故に違法である事を全く知らず、又、知らなかつた事に過失はなかつたと認める事は出来ない。

よつて、被告小林は、民法七〇九条、七一〇条により原告に対し右違法な仮処分執行に基く原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三、被告国の責任原因について

本件仮処分執行が国の不法行為になるかどうかにつき判断する。

本件仮処分が七月二二日に原告に送達された事実、また本件仮処分の執行につきその送達の日から三日間の猶予期間が定められてあつた事実、被告小林に委任された執行吏吉本忠男が昭和三五年七月二五日に本件仮処分を執行した事実は当事者間に争がない。そして民事訴訟法上、期間の計算には原則として初日を算入しないので、右仮処分の執行は、昭和三五年七月二五日まで猶予されていたものであるのに執行吏吉本忠男は、同年七月二五日に右仮処分を執行したのであるから、右は猶予期間内の執行として違法である。被告国は、右の猶予期間は原告の仮処分目的物撤去義務の履行を猶予したのではなく、執行吏による執行を猶予したのみであり、執行吏は、債務名義上義務なき事を執行したものではないと主張するが、右猶予期間は、債務者である原告の利益のために認められたものであり、国家的権力による強制的実現である執行の性質上、右期間内の執行は許されないものというべく、右期限を無視して行われた当該執行は違法と認めざるを得ない。

のみならず執行吏吉本忠男の供述によれば、同執行吏は期間算定につき、本件仮処分に、「本決定送達の日から三日間」とあるところから、本件執行処分につき、初日を算定すべき例外規定があるものと誤解して前記日時に執行した事実が認められるが、期間の計算に関する民事訴訟の規定については解釈上格別の疑義はなく又一般的に適用をみる原則であつて、執行吏として、その職責上、当然に熟知していなければならない法律知識であり、これが誤解による執行は、過失に基くものと認めざるを得ない。

とするならば、被告国は、国家賠償法一条により原告に対し、右違法な執行行為に基き、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

なお被告国は右執行は一日早く執行したものにすぎず、原告は早晩執行を受ける義務があつたのであるから、国としては右一日早く執行した事により原告に生じた損害にかぎり賠償する責任を負うのみで、本件仮処分の目的物撤去により、原告に生じた損害については責任を負う要がないと主張するが、成立について争いのない甲第六号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は、同月二五日本件仮処分の執行停止決定を得ており、また、終局的には同仮処分が取消され被告小林の仮処分申請が却下されたことは被告国の認めるところであるから、若し、同日中に違法な執行をうけることがなければ原告は右仮処分の執行を免れることも可能であつたと認められるから、本件違法執行による損害賠償責任の範囲は、その相当因果関係内の損害として仮処分目的物を撤去した事による損害のすべてに及ぶものと解するのが相当である。

四、損害の発生。

右違法仮処分執行により、原告に生じた損害は、証人近内三次郎、同田中勇、同和辻孝造の各発言、原告本人尋問の結果及び右近内の証言により真正の成立を認められる甲第一〇号証、並びに弁論の全趣旨により次の範囲において、相当因果関係の範囲にあるものとしてこれを認めることが出来る。

(一)  二階建建物の一部撤去については、本件執行により撤去し、又、右一部撤去により使用不能となつた部分は階下、階上、合計約一六坪と認められる。右建物はほぼ完成していたものと認められ、そのために原告が投じた建築費用は、坪当り二〇、〇〇〇円は下らないと認められるから、その損害額は三二〇、〇〇〇円である。更に、右執行による建物残存部分の補修費用として、二五、〇〇〇円要したものと認められる。従つて、右損害の合計は三四五、〇〇〇円である。

(二)  平家建建物は、約四坪の仮住宅であつた事が認められるので、右建物撤去による損害は右建物の価格相当額五一、七〇〇円を下らなかつたものと認めるのが相当である。

(三)  前記二階建建物は店舗兼住宅のアパートとして建造されたものであり、それがアパートとして使用するであろうことは、その構造及び外見上、明らかに予測し得るものと認められる。従つて、原告はその一部撤去により賃貸料相当の損害を蒙つたものと認められる。そして、右建物は昭和三五年七月二五日現在ほゞ完成していて同年八月頃よりアパートとして、賃貸出来たものと認める事ができ、又、右建物の一部撤去後、その敷地部分は執行吏保管となり、その保管は、昭和三七年一月二九日本件仮処分が取消されるまで継続したのであつて、その間、当該建物の実質的現状回復は不可能であつたのであり、仮処分取消後、原告において直ちに現状を回復し得る特別の事情も認められないから、右建物一部撤去による賃貸不能の状態は、昭和三七年三月まで継続していたもので、結局昭和三五年八月より昭和三七年三月まで二〇ヶ月の賃貸料相当の損害は、本件違法執行に基く損害と認めることができる。そして、右執行により一階において、四畳半及び三畳、二階は、六畳及び四畳半の計四室が撤去された事が認められ、その賃貸料は、昭和三五年当時一畳あたり少くとも一、〇〇〇円と認めるのが相当であるから、右四室の一ヶ月の賃貸料は一八、〇〇〇円であり、その二〇ヶ月分の合計は三六〇、〇〇〇円である。

(四)  原告は、本件平家建建物において雑貨商を営んでいたところ、右店内に原告が所有していた商品が、本件執行により、屋外に搬出されたが、その商品の大部分が食料品であつたため毀損されたものが多く、その損害額は二二六、九五五円であると認められる。

(五)  原告の雑貨商営業による得べかりし利益の喪失に関しては、証人吉本忠男の証言及び弁論の全趣旨によれば被告小林及び執行吏吉本は前記執行に際し原告が右建物において雑貨商を営んでいることを明らかに認識していたと認められるから、右利益の喪失はこれを前記違法執行と相当因果関係内の損害と認むべきである。そして右執行当時、原告方には前示のとおり食料品等二〇〇、〇〇〇円を下らぬ商品があつたことや原告本人尋問の結果に照すと原告が右建物を撤去されることなく引続き雑貨商を営むときは少くとも毎月二〇、〇〇〇円を下らぬ利益を得ることが出来たと認められるところ、前示賃料相当額の逸失利益に関し判示した事情からみて、昭和三五年八月から同三七年三月までの二〇ヶ月間は前記違法執行のために右営業をなし得ない状態にあつたと認めるのが相当である。したがつて原告は右期間中一ヶ月二〇、〇〇〇円の割合により合計四〇〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、これと同額の損害を蒙つたものと認める。

(六)  本件仮処分に対する異議申立費用については、原告は相手方たる被告小林の不当な仮処分に対し、止むを得ず異議申立をしたものであり、その申立費用は、被告小林の不法行為たる不当仮処分申請によつて通常生ずべき損害と認められる。また右の異議申立に要した弁護士費用も、弁護士強制主義をとらないわが民事訴訟法の下でも実際上、弁護士を代理人として選任しなければならない実状から、これを右の損害の範囲に含ましめるのが相当であるが、本件において、原告が右異議申立に要した費用は三九、四八〇円を下らなかつたものと認められる。ただし、この費用については、執行吏吉本の違法執行がなかつたとしても、原告は右異議申立をしたものと認められるから、同執行吏の違法執行とは因果関係がないものとして国に対する損害金からは除算すべきものと解する。

(七)  精神的損害としての慰謝料の請求について判断するに、財産的利益が侵害された場合における慰謝料は、特別事情による損害であつて、被害者がその蒙つた財産に対する損害の賠償を得てもなおいやされぬ精神的苦痛を感ずる特別の事情があり、かつ、加害者においてその事情を予見するか予見可能性のあつたことを必要とするのであるか、本件においては、原告は、仮住居とはいえその自宅を撤去されて平穏な起居を害され、かつ、アパート経営ならびに食料雑貨販売の生業を突如妨害され中断の止むなきにいたらしめられたのであるから、原告のこれによつて蒙つた精神的な苦痛は甚大というべきである。けだし、およそ人は通常その住居とその職業に対し特別の愛着を持ち、まして住居や営業所を新築した場合これに大きな期待をよせるのは当然の事であり、此の愛着や期待は容易に予見し得るところである。原告は当時現存の建物と共に、一部をアパートとし、他を店舗兼住居に使用しようとして新築した本件建物の店舗の部分をむざんに撤去されたのであり、旧来の自宅に対する愛惜は言うに及ばずこの新築部屋に対する原告の期待が大きかつたと認められるだけに、右の如き状況のもとに突然これを破り去られたことにより原告の受けた精神的な苦痛は決して軽少なものでないと認められる。そして、これは当然予見し得るところのものであると解する。

のみならず、原告としては、正当な権利の行使と信じて右建築に着手していたところ、不法な行為に及んだものとして取扱われたことにより強い忿懣を感じたであろうことも推認に難くない。

してみれば、本件家屋の撤去により原告はその財産的損害を賠償されても、なおかつぬぐい去り得ぬ精神的苦痛を受けたものと認められ、かつ、その損害もまた本件執行と相当因果関係にある損害であり、金額に見つもつて二〇〇、〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。

なお、原告の請求するその余の損害は、被告において負担すべき相当因果関係にある損害と認めることは出来ない。

原告が本件仮処分の執行により、当時居住していた本件平家建建物を撤去され、娘婿方に移転しその為に原告及びその家族一名の宿泊費として、月一万円あて、三ヶ月間の出費を要した事実は認め得るが、右程度の出費は、通常必要とする生活費と認めるのが相当であつて、本件執行により生じた損害と認める事はできない。

五、結語

そうすると、金一、五八三、六五五円については共同不法行為としてその全額にみつるまで被告らが、また金三九、四八〇円については被告小林がそれぞれ賠償の義務があるから、原告の被告らに対する請求は、主文掲記の違法執行による損害金と、それに対する不法行為の日の後である昭和三八年一一月四日以後の遅延損害金の限度で理由があり、その余は棄却すべきである。

訴訟費用につき、民事訴訟法九二条、仮執行につき同第一九六条を適用した。

(裁判官 亀井左取 舟本信光 上野茂)

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